特許権侵害訴訟において、被告は先使用権(特許法79条)や均等の範囲である等、様々な抗弁を主張します。
その抗弁の一つ「特許無効の抗弁(特許法104条の3)」について解説します。
特許権の侵害だけでなく、実用新案権、意匠権それから商標権の侵害訴訟にも適用されます
いわゆるキルビー判決以後、侵害裁判においては権利濫用の抗弁が頻繁に主張されるようになりました。
このキルビー判決というのは、特許権が無効理由を有していて、無効審判を請求(特許法123条)すれば遡及的に無効になることが明らかな場合にまで特許権者に特許権の行使を認めるのは権利の濫用であり許されないという内容です。
特許無効の抗弁(特許法104条の3)は、この判決を条文として規定したものです。
特許権者等の権利行使の制限
特許法第百四条の三 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
2 前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
3 第百二十三条第二項の規定は、当該特許に係る発明について特許無効審判を請求することができる者以外の者が第一項の規定による攻撃又は防御の方法を提出することを妨げない。
ですから、裁判を迅速に進めるために、裁判所でも特許が無効になることが明らかなときには特許庁の無効審決を待たずに裁判を進めるようにしました。
迅速性を担保するための抗弁ですから、被告が審理を不当に遅延させることを目的としてされたもの裁判所が認定した場合には、裁判所は被告の主張を却下します。
それぞれの判断に食い違いが生じてしまう可能性があるんじゃない?
それに、迅速性のために規定されたはずなのですが、実際は、裁判所において特許無効の抗弁をしつつ、特許庁に対して特許無効審判を請求しているのが通常です。
ですから、特許権の侵害だとして裁判を起こされた側としては、特許無効審判にも対応しなければいけない、裁判にも対応しなければいけないというわけで、労力が非常に大きいのです。
裁判所としてはなるべく特許庁の判断を尊重したいので、特許無効となることが明らかだとは認められない場合には、特許庁の審決が下るまで訴訟を中止することもあります(特許法168条)
訴訟との関係
第168条
2 訴えの提起又は仮差押命令若しくは仮処分命令の申立てがあった場合において、必要があると認めるときは、裁判所は、審決が確定するまでその訴訟手続を中止することができる。
特許無効の抗弁を起こされてしまい、特許権の一部は無効にされてしまうが、訂正をすれば特許権の全ては無効にならないと判断したら、特許庁に対し、訂正審判(特許法126条)を請求しましょう。
特許無効の抗弁に対する抗弁、つまり再抗弁になります。
特許異議の申し立て制度(特許法114条)が復活しましたし、いずれは、特許無効審判もなくなってしまうかもしれませんね。
アメリカのように特許の無効は裁判所だけが判断する日が来るかもしれません。