判例でよく聞く均等論。2016年3月、及び2017年3月にも中外製薬の特許訴訟でこの理論が持ち出されました。
知財担当者や弁理士試験受験生は知っておくべき理論です。
特に弁理士受験生は5要件の暗記及び事例への当てはめができるようにしっかり学習してください。
均等論は教科書にもよく出てきますが漫然と文言を眺めているだけでは頭に入ってきません。腰を据えてしっかり勉強しましょう。
簡易版はこちらに書いてあります。
すぐに特許権侵害訴訟を起こしてや!
まったくもう
他社製品の技術的内容が特許請求の範囲に記載されている技術と同一であるなら侵害と主張できます。
完全に同一でないと特許権侵害にならないのでは、重要ではない部分をほんの少し変えるだけで侵害を回避することができてしまいます。それではズルいですよね。
ここで、最高裁の示した均等の5要件(ボールスプライン)についてお話しましょう。
1:対象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと(非本質的部分性)
特許発明の本質的部分であるときには、特許発明の実質的価値が対象製品等に及ぶとはいえないからです。
何が特許発明の本質的部分であるかはたとえば、「特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分」(「生海苔の異物分離除去装置事件」)を言うとされていました。
マキサカルシトール大合議では、特許発明における「本質的部分」とは、特許請求の範囲の記載のうち従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すると述べています。
そして、マキサカルシトール大合議では、技術的特徴説を否定し、技術的思想説に与することを明らかにしました。
「対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には、特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で、本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解する(技術的特徴説)のではなく、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり(技術的思想説)、対象製品等に、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても、そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。」
2:対象製品等と異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること(置換可能性)
3:対象製品等と異なる部分を対象製品等におけるものに置き換えることに、当業者が対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること(置換容易性)
ここでいう「当業者」は、特許法第29条第2項における進歩性の判断における「当業者」ではなく、特許法第36条第4項第1号の実施可能要件の判断における「当業者」と考えられています。
「容易に想到」については、「想到の容易さの程度は特許法29条2項の公知の発明に基づいて容易に発明をすることができたという場合とは異なり、当業者であれば誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきである」(「負荷装置システム事件」)とされています。
4:対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではないこと(容易推考性)
特許発明の出願時における公知技術と同一、または公知技術から容易に推考できたものは、新規性または進歩性がないものとして、何人も特許権を取得できなかったはずのものであるので(特許法29条1項、同条2項)、そのような技術に特許権の効力を及ぼすことはできないからです。
なお、「当業者」及び「容易に推考」は、特許法第29条第2項における進歩性の判断の場合と同じです。
5:対象製品等が特許発明の特許出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外された物に当たるなどの特段の事情がないこと(意識的除外等の特段の事情)
「意識的に除外する」とは、対象製品等を除外するように「特許請求の範囲」を補正・訂正したり、出願手続において意見書等で対象製品等が「特許請求の範囲」に含まれないことを主張して特許査定を受けた場合などを言います。
マキサカシトール知財高裁大合議は、この第5要件に関し、特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして、出願時に当業者が容易に想到することのできる他の構成があるということのみを理由として、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものとはいえない、と判示しました。
その一方で、出願人が、出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるときには、出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たる、と判示しました。
なお、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められる場合の例として、
①出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるとき
②出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているとき
を挙げています。
この5つの要件全てを満たすと均等侵害となります。逆に一つでも要件を満たさない場合には均等侵害は認められません。
なお、第1要件から第3要件は積極的要件であり、第4要件と第5要件は消極的要件と解されています。
第1要件から第3要件までの証明責任は特許権者にあり、第4要件と第5要件の証明責任は相手方(対象製品等の製造者、販売者等)にあるとするのが判例の立場です。
今回のケースにこの要件を当てはめてみると、
1.あいぴーの会社の有する特許技術の構成のうち、他社模倣品で使用されている技術と異なっている部分が、当該特許技術の本質的部分でないこと
2.上記の異なった部分を、他社模倣品で採用されている構成と置き換えても、特許発明の目的を達することが出来、同一の作用効果を奏するものであること
3.上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、他社模倣品の製造時の時点において容易に想到することができたものであること
4.他社模倣品で使用されている技術が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一または当業者が容易に推考できたものでないこと
5.他社模倣品に使われている技術が、特許発明の特許出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと
となります。この5つの要件を全て満たす場合には、他社の模倣品に使用されている技術は特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、あいぴーの会社の特許技術の技術的範囲に含まれると言えます。
本判決で問題となったのは、5つ目の「特段の事情」の要件の解釈です。
均等の第5要件は、出願手続において提出された当事者の意見や証拠に照らして、被告製品の構成が特許権の権利範囲から除外されている場合など、「特段の事情」があるときは均等論によって権利を及ぼすことができないことを定めたものです。
これは、特許権者自らが特許権の範囲から意識的に除外したものにまで権利を及ぼしてはならない、という考え方です。
重要ですから判決文の中の言葉を引用します。
”出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。”
つまり、簡単に均等発明に想到できたはずなのに、クレームに書かなかった場合には、その発明は権利範囲から除外したことになり、第5要件にいう『特段の事情』があることになるのではないか、ということだね?
・・・ということはさ、出願時において、権利行使時のことも考えて「意識的除外」にならないように、権利を欲しいものについては全部特許請求の範囲に記載しておかなくちゃいけないし、かといってサポート要件(36条4項)違反にもなりたくないから明細書の作成時にはすごく神経を使うよね。特許出願人の負担が増すんじゃない?