損害賠償請求訴訟では、損害額はどのように計算されるのでしょうか。
特許法の条文を見ていきましょう。
特許権が侵害された場合は、他人が特許侵害品を製造販売しても、それにより特許権者が特許発明を利用できなくなるわけではないし、依然として特許権は存在しているわけだから、無体財産権の損害額の計算は所有権の侵害に比べて難しいよね。
特許権侵害による損害とは、たとえば、侵害品の製造販売により正規品の売り上げが減少しただとか、本来であれば得られるはずだったライセンス料を得られなかったという消極的損害、すなわち逸失利益といえます。
条文だけを見せても理解し難いと思うので、具体例をあげながらご説明いたしましょう。
特許権者であるあいぴーは特許製品を一個当たり300円(利益は100円)で販売していた。
侵害者が侵害品を一個100円(利益は50円)で10万個販売したために特許権者あいぴーは、売り上げが6万個下がった。
…とその前に、民法709条に当てはめた場合はどうなるかご説明いたしましょう。
民法709条では、「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害したものは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。
したがって、侵害者の侵害行為によって、1個当たり300円の利益をあげていたあいぴーの特許製品の販売が6万個減ったので、300円×6万個=1800万円の損害賠償を請求できることになります。
とはいっても、この場合、逸失利益を導き出すことは困難です。それは、「因果関係」の立証が難しいからです。
なぜなら、特許権者あいぴーの特許製品の売り上げが下がった理由は必ずしも侵害者の責任であるとは限らないからです。
たとえば、単にライバル社の製品やCMが優れていたために売り上げが下がったのかもしれませんし、業界全体としてその製品の人気が落ちていたのかもしれません。
このように、商品の売り上げ減少には実に様々な要因が影響するため、「侵害者が侵害品を売ったからと言ってすぐに自社の売り上げ減少との因果関係を立証することはできないのです。
そこで、特許法では損害額の算定を容易にするために102条各項のような規定を設けています。
ちなみに1項が一番損害賠償額が大きいですよ。
まずは、特許法102条1項です。
102条1項 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
つまり、300円×10万個=3000万円を損害額とすることができます。
ですから「特許権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において」と規定されています。
たとえば、上記のケースでは、侵害者は侵害品を10万個販売していましたが、あいぴーの会社の設備が貧弱すぎて工場をフル稼働させたとしてもせいぜい6万個が限度だった場合、
300円×6万個=1800万円が102条1項に基づく損害額となります。
たとえば、侵害者が強力なブランドを持っていて、そのブランドを付すことによって多数の販売数量を達成できているという事情がある場合や、あいぴーとも侵害者とも違うライバルが存在した場合には、たとえ侵害行為が無くても、特許権者であるあいぴーが侵害者の譲渡数量と同じ数量を販売することはできなかったと考えられます。
そのような場合は事情に応じて額を控除することとされています。
ちなみに「単位数量当たりの利益の額」については、限界利益説、純利益説、粗利益説等がありますが、限界利益説と解すべきです(通説・判例)。
限界利益とは、売上高-変動費です。別の言い方をすると、純利益+固定費とも言えます。
だから、純利益説を採ると権利者の得られる利益が少なくなってしまうな。
ついでに変動費というのは、侵害品の販売数量に対応する数量の正規品を権利者が追加的に販売したとすれば、当該追加販売のために必要となる原材料費等の費用や。
だから、限界利益説を採れば、特許権者が特許発明を完成させるために要した研究開発費なんかは、特許法102条1項に基づく利益額を算定する際に控除される経費の対象にはならんっちゅーこっちゃ。
私は、今初めてあいぴーを経営者らしいと思いましたよ。
特許法102条2項は、侵害者が得た利益に基づいて損害額を推定する規定です。
特許法102条2項
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
侵害者は侵害品を1個につき50円の利益をあげて10万個販売したのですから、
50円×10万個=500万円が損害額と推定されます。
ただし、あくまでも「推定」されるだけですからね。
本来であれば特許権者が得られるはずのない利益まで特許権者の損害額と認めてはくれません。
たとえば、特許権者であるあいぴーが実施能力を有しない個人であり、特許権を保有しているだけで他人にライセンスしたこともなく、その特許発明を使った実施品を製造販売する予定もなかったような場合には、たとえ特許権の侵害が行われたとしても、その侵害行為がなければ侵害者の得た利益と同額の利益をあいぴーが得られたとは言い難いでしょう。
ですからこのような場合は特許法102条2項で利益額が推定されることはありません。
侵害者が「侵害の行為により得た利益」とは、必ずしも侵害者が得た利益額の全てではなく、「特許発明が寄与した部分」に限られます。
その特許発明を採用することが消費者による商品選択に結び付くのなら寄与しているといえますが、侵害者自身の営業努力やブランド力によって売れたのなら、特許発明の寄与率は低く算定されます。
特許法102条3項
特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
4項 前項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。
先ほどの個人発明家のように特許法102条1項や2項の規定の適用を受けられない人の場合でも権利者は3項の規定により実施料相当額の支払いを求めることができます。
侵害者が激安販売をする等、侵害行為により利益を得ていなかったとしても最低限実施料相当額の支払いは請求できるのです。
最低限度の額ですから、102条4項により、実施料相当額を超えることも許されますし、またその場合、侵害者に故意や重大な過失がなかったときはこの事実を参酌して額を低減することもできます。
侵害者側から見たらやり得。
だって、ばれなければ無料で実施できるし、ばれても実施料相当額で済むならだれもライセンス契約を結ぼうなんて思わないよ。
ですから、3項の規定に基づく損害額の算定に当たっては、通常の実施料よりも大きな損害額を認定されることが多いのです。
そこで、「損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるとき」に、裁判所は「相当な損害額」を認定できるとしています(特許法105条の3)。
相当な損害額の認定
第百五条の三 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、損害が生じたことが認められる場合において、損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。