意匠法29条の2は、弁理士試験では頻繁に登場する条文です。
定義と趣旨もしっかり覚えましょう!
従来の意匠法では、拒絶査定または審決の確定した出願は、いわゆる先願の地位を有しており、これと同一または類似の意匠にかかる後願は、先願の存在を理由に登録が排除されるため、先願の拒絶確定出願にかかる意匠を実施しても後願にかかる意匠権により侵害を追及されることはありませんでした。
しかし、改正法ではブラックボックス化の防止、制度の国際的調和を図るため、拒絶査定等の確定した出願に先願の地位を認めないこととしたため、拒絶査定等が確定した先願意匠に類似する意匠が適法に登録される場合があります。
そのため、後願意匠の登録により先願の拒絶確定出願にかかる意匠の実施が後発的に制限されてしまう場合が生じますが、これは公平の見地からして妥当ではありません。また、既存設備が使用できなくなることは、産業政策上からも好ましいことではありません。
そこで、法は意匠権を取得した後願権利者と先願にかかる拒絶確定出願の出願人との利害関係を調整するため、一定要件のもとに先願の出願人に対し、後願にかかる意匠権についての先出願による通常実施権を認めることとしたのです。
先出願による通常実施権は公平の見地から認められた無償(対価の支払いが不要)の法定通常実施権です。
さて、要件を見ていきましょう。
以下の要件をすべて満たすことにより、意匠権の設定がされる後願にかかる意匠権の発生(20条)と同時に発生します。
まず一つ目です。意匠権の設定がされる後願にかかる意匠を知らないで自らその後願にかかる意匠もしくはこれに類似する意匠の創作をし、または後願にかかる意匠を知らないでその意匠もしくはこれに類似する意匠の創作をした者から知得したこと(29条の2柱書)。
これは先使用権(29条)の場合と同様に、「善意」であることを明確にしたものです。ここにいう「善意(知らないで)」であるといえるためには、意匠知得の経路が正当であることを要し、原則として、創作を知得した経路が後願にかかる出願人と異なることが要求されます。
ただし、知得の経路が同一であっても、たとえば、冒認出願に対する真の創作者であるとか登録を受ける権利を譲渡した創作者等の場合には、知得の経路の正当性が認められます。
2つ目は、後願にかかる意匠権の設定登録の際現に、日本国内において後願にかかる意匠またはこれに類似する意匠の実施である事業またはその事業の準備をしていること(柱書)
これは、少なくとも後願にかかる意匠が登録される前までに開始された実施であれば、他人の登録意匠を知ることなく開始されたものであることから、救済の対象にしました。
ここで、「設定登録の際現に」とあるので、原則として後願にかかる意匠権の設定登録の際、実際に実施等していれば足りると考えられますが、その後に実施の事業を廃止した場合にはその時点で本要件を満たさなくなるので注意が必要です。
といっても、不実施であっても事業の中止に該当する場合は再開の可能性があるので本要件は満たすと解されます。
また、「事業の目的の範囲内」とは、実施等していた事業と同一の事業目的の範囲内であり、その事業の遂行に必要な範囲内で認める趣旨です。
設定登録時に販売のみ行っていた者が意匠に係る物品の製造を行うことは事業目的の範囲を超えてしまいますが、販売地域を広げることは事業目的の範囲内であると考えられます。
さらに、「事業の準備」といえるためには、実施の意図が客観的に認識される態様・程度でなければならず、たとえばその意匠にかかる物品を製造するための工場を建設中であったり製造設備を発注している場合には「準備」に該当しますが、単に頭の中で考えていた程度では準備に該当しません。
意匠権の設定登録がされる後願にかかる出願の日前に、自ら後願に係る意匠又はこれに類似する意匠について出願をし、その先願に係る意匠の実施である事業または事業の準備をしていること(29条の2第1号)。
これはちょっとわかりにくいかもしれませんから例をあげましょう。
たとえば、先使用権(29条)の場合は、実施等している意匠が後願登録意匠と同じでもいいわけですよね。でも29の2の場合は、先願の拒絶意匠と同一でなければいけないのです。
さあ、四つ目の要件です。
自らした出願について、先願に係る意匠が3条1項各号の一に該当し、かつ拒絶査定又は審決が確定していること(29条の2第2号)。
つまり、出願前に意匠権の設定登録がされていない公知の意匠が存在し、その意匠またはそれに類似するとして拒絶された場合には、意匠権は得られませんが、他人の許諾なく実施できるという安心・期待を保護する必要があります。
意匠掲載公報(20条3項)に掲載されており、かつ存続している状態の意匠を引用され3条1項2号違反を理由に拒絶された場合であっても当該通常実施権は発生すると解されます。
・・・あれ、でもそれなら3条1項2号違反を理由に拒絶された場合に29の2の通常実施権を認める必要なんてないんじゃない?
たとえば、先願に係る拒絶確定出願が全体意匠だとします。そして、後願の登録意匠が部分意匠の場合、「意匠に係る物品が同一又は類似」ではないので、文理上29条の2第1号に該当しませんよね。
でも、先願に係る拒絶確定出願に係る意匠を実施すると、後願の登録意匠を実施してしまう場合がありますよね。
先願に係る拒絶確定出願が組物の場合も同じです。先願に係る拒絶確定出願に係る組物の意匠を実施すると、後願登録意匠である構成物品の意匠を実施してしまうことになりますよね。
このような場合、条文を厳格に解釈すると、先願に係る拒絶確定出願の出願人に先出願による通常実施権を認められないことになってしまいますが、それでは不合理ですよね。
先出願による通常実施権は、実施の事業とともにする場合、相続その他の一般承継の場合を除き、意匠権者の承諾を得なければ移転することはできません(34条1項)
では、最後に権利の消滅についてです。
既に述べたように、意匠権に対する抗弁的性格により、意匠権の消滅や混同により消滅します。
また、事業を廃止したときにも消滅するものと解します。保護すべき対象となる事業がなくなるわけですからね。ただし、上述したように、一時的な中断や季節的な中断によっては消滅しません。