特許を受ける権利も物権的権利であり、財産権であることから移転することができます。ただし、目に見えない権利であることから、二重、三重に譲渡することができてしまいます。この場合に問題となるのが、「第三者対抗要件」です。

チーたん
特許を受ける権利について復習しているのだけど、何度勉強してもよくわからないよ・・・
ふっくん
理解していないからですよ。一度きちんと理解すれば復習は楽になるはずですよ。
チーたん
う、ぼくはわかった気になっていただけか(^^;
ふっくん
でも、特許法の勉強だけをしていて特許を受ける権利について理解するのは困難ですよ。民法についても勉強しましょう。
チーたん
えー
ふっくん
民法の基礎の基礎の部分ですから学習は楽ですよ。難しい特許を受ける権利についてだけ勉強してうんうん唸っているよりも、民法を学習してしまった方が結局は近道です
チーたん
そんなもんかな
ふっくん
そうですよ。
特許を受ける権利は非常に重要な概念ですので、経営者であるあいぴーも話を聞いてくださいね
あいぴー
う、うちも?うちは忙しいんやけど・・・
ふっくん
どうせ漫画を読んだり売れない小説を書いたりしているだけでしょう?
たまには勉強してください。
あいぴー
漫画を読んで知見を広めるのも経営者の仕事やで・・・
ふっくん
特許法34条に出て来る対抗要件及び効力発生要件について学ぶ前に、まずは民法についてお話します。
わかりやすくするために、ちょっとした問題を出してみましょう。ひっかけ問題ですよ。

あるところに、あいぴーというずる賢い女の子がいました。あいぴーは甲さんに自己の所有する不動産を売る契約をしました。しかし、お金に困っていたあいぴーは、甲さんに売った不動産を乙さんにも売ってしまいました。乙さんが先にあいぴーに1000万円の支払いをしています。さて、不動産は誰のものでしょうか。

チーたん
お金を払った乙さんかな?
あいぴー
二重に譲渡しておるから、お金を払っただけでは所有者になれんやろ。というわけで、不動産の所有者は相変わらずあいぴーちゃんや!

チーたん
あいぴーは極悪人だね!

あいぴー
賢いだけや!

ふっくん
・・・ふたりとも、今は法律の話をしているのですから・・・
あいぴー
そうやった。結論はどうなるん?
ふっくん
結論を言う前にちょっと言わせてください。
日本の民法上では、「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。」と規定されています。
チーたん
つまり、あいぴーが甲さんに「売るよ」といい、甲さんがあいぴーに「買うよ」と言うだけで効力は発生しているということだね?
ふっくん
はい。
しかし、このお話では第三者である乙さんも登場しています。
この第三者である乙さんに甲さんが「自分が不動産の所有者だ」と主張するためには所有したい意思だけでは足りません。動産なら所有という事実を持って所有権を主張できますが、不動産では無理ですよね。
そこで、「登記」という公示手段が出てきます。
民法178条には「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」と規定されています。
チーたん
そうか!契約の先後や売買代金の支払いの先後に関係なく、登記したかどうかで決まるんだ!
ふっくん
その通り!
あいぴー
ということは、登記はまだあいぴーの元にあるわけやから、あいぴーは丙さんや丁さんにも不動産を売って儲けることができるというわけやな
チーたん
あいぴーは、どれだけ悪人なの!!
あいぴー
登記で勝ち負けを決める日本の民法が悪いんや
ふっくん
甲さんや乙さんがあいぴーと契約をしたかお金を支払ったかなんてことは外からはわかりません。
したがって、民法ではこういう外から見てわからないことで勝ち負けを決めることはしておらず、「公示」手段である「登記」を必要としているのです。
チーたん
登記をしなくて不動産を得られなかった人は泣き寝入りするしかないの?
ふっくん
あいぴーに対して債務不履行による損害賠償請求(民法415条)をできますよ。
チーたん
一つの物を複数の人に売買して、所有権を証明できないなんて普通の物では考えられないよね。動産は持っていれば所有者とわかるもん。不動産は持てないからなぁ。
ふっくん
知財部のチーたんが何を言っているんですか!
チーたん
ん?あ、そうか。知的財産権である特許権も二重に譲渡できるね
ふっくん
それから特許権発生前、特許出願前の特許を受ける権利及び特許出願後の特許を受ける権利についてもそうですよ!
チーたん
特許出願前だけでなく出願後にも特許を受ける権利があるの?
ふっくん
特許査定を受けるまでは特許を受ける権利はありますよ。
なお、特許出願をすることにより、特許庁との関係において、出願人の地位が生じ、出願後の特許を受ける権利にはその「出願人の地位」が含まれると解されます。
また、冒認者による出願には特許を受ける権利がないので、出願人の地位が単体で存在すると解されます。
チーたん
冒認って、特許を受ける権利を有しない人による出願のことだったね
ふっくん
ここで問題です。
発明家甲さんが発明をしました。甲さんは乙さんと丙さんに「特許を受ける権利」を売りました。乙さんが先に契約をし、丙さんが先に甲さんに代金を支払いました。特許を受ける権利は誰のものでしょうか。
チーたん
今度はひっかからないぞ。乙さんと丙さんのうち、先に特許出願をした方!
ふっくん
大正解!
チーたん
条文は特許法34条1項だよ。
ふっくん
では、続けて問題です。乙さんと丙さんが同じ日に特許出願をした場合はどうなるでしょう。
チーたん
「特許出願人の協議により定めた者以外の者の承継は、第三者に対抗することができない。(34条2項)」から、協議により定めた者。
ふっくん
完璧ですね!ちなみに、特許法34条2項にいう「第三者」には特許庁も含むと解されています。協議命令が出せますからね。
34条1項の第三者には特許庁は含まれません。出願前の段階では知りえませんから。
あいぴー
・・・盛り上がっているところ悪いんやけど、「第三者」って誰やの?
ふっくん
う、超基本的なことを説明するのを忘れていました。
「第三者」というのは、「当事者またはその包括承継人以外の者であって、不動産に関する物権の得喪変更の登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者」(判例・通説)です。
不動産に関する部分を特許に当てはめて読み替えてみると、特許法34条1項の「第三者」とは、「当事者またはその包括承継人以外の者であって、特許を受ける権利の特許出願の欠缺を主張する正当な利益を有する者」ということになります。
あいぴー
・・・ということは、「当事者」は「第三者」やないんやな?
ふっくん
そう読めますよね。ですから、「当事者」は「特許出願をしなくても第三者に対抗できる」ということになります。
チーたん
ということは、冒認出願されてしまった発明者は「第三者」じゃなくて「当事者」だから、特許出願しなくても第三者に対抗できる?
ふっくん
そうです。
チーたん
なるほど!これで理解できたよ。
発明を盗まれた発明者が、どうして出願しなくても冒認出願人に対し出願名義の変更や特許権の移転登録請求をすることができるのか。
ふっくん
良い機会ですから「背信的悪意者」についてもお話しておきましょう。
あいぴー
背信的悪意者?めっちゃ悪そうな響きやな
チーたん
法律用語だから「悪意」って「悪い意識」という意味ではなくて、単に「知っている」ということだよ
ふっくん
不動産の物権変動では、「事実を知っていて(悪意)、その物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義則に反すると第三者から除外される程度にまで著しい悪意者をいう」とされています。
チーたん
たとえば、発明者が甲さんに特許を受ける権利を譲渡して、その後乙さんにも譲渡した場合、乙さんが「甲が既に特許を受ける権利を買っている」ということを知っていながら先に特許出願した場合、乙さんが背信的悪意者になるのかな?
ふっくん
その通りです。
この場合の乙さんは、甲さんと第三者対抗関係に立たないので、乙さんを保護する必要はないだろうと解します。
チーたん
さっき冒認の話が出たけど、冒認出願された発明者は、どんな手段をとることができるの?
ふっくん
冒認のところでも話しましたが、出願人名義の変更を届け出ることができます。
特許権成立後には取り戻すこともできます(74条)。
無効審判の請求(123条)や不法行為による損害賠償請求(民法709条)をすることもできますが、他者の実施を排除できませんから違う手段をとったほうが良いでしょう。

すなわち、冒認者の出願が公開されていた場合(64条)には新規性喪失の例外の規定の適用(30条)を受けて自ら出願します。
冒認者が作成した特許明細書より自分の実施形態に近い使いやすい書き方をすることができるので、これが一番良いのではないかなと思います。

ただ、第三者の出願が冒認出願後自己の出願前にあった場合には適切な方法ではありません。
そこで、冒認出願人に対し、特許権の移転を請求するのが一番楽な方法だと思います(74条)。

移転請求は、自己が有すると認める特許を受ける権利の持分に応じてします(施行規則40条の2)

チーたん
冒認出願人が自分の発明も含めて出願していたら、権利関係が複雑になりそうだね(^^;
ふっくん
そうですね。冒認出願か否かは理論上は請求項単位で判断することができます。
すると出願中は分割出願などもできますが、特許後はどうなるのか等問題は残りますね。
立法的解決を図ってほしいところではあります。
チーたん
特許を受ける権利については知的財産権という特殊性から民法と似ているところもあるし違うところもあるから難しいな。
ふっくん
まぁ、チーたんは学者ではないのですから、条文レベルで理解していればいいですよ。
あいぴー
うちも用語くらいは覚えておくわ
ふっくん
特許を受ける権利は職務発明とも絡んでくるところですから経営者にこそ学んで欲しいんですよっ
あいぴー
うちには勉強をする権利はあっても義務はないもんね〜