通常実施権者(特許法78条)は専用実施権者(特許法77条)に比べ、弱い権利しか持ちません。
したがって、特許権が第三者に譲渡されたときにその地位が脅かされる恐れがあります。
このような場合に、従来は「通常実施権は登録しなければ第三者に対抗できない」(旧特許法99条)とされていたのですが、平成23年に改正され、当然対抗制度が導入されました。
特許発明を実施したいから、思い切って特許権を買ったんだ。
その後、勝手にうちの特許発明を実施している人を発見したから警告をしてみたのだけど、「通常実施権を有しているので正当権限がある」との返事が来たんだ。
うちの会社はちゃんとお金を払って特許権を購入したのに、他者による特許発明の実施を容認しなくちゃいけないの?
その通常実施権者は以前の特許権者から実施許諾を受けていたのでしょうか?
では、特許権を買い取るときに、通常実施権者が存在することは以前の特許権者から告げられていたはずですよね?
う~ん、よく覚えていないけどそうだったかもしれない。
譲渡契約を結ぶときにはしっかり確認しなくてはいけませんよ!!
だって、特許権を買うということに興奮してしまって舞い上がっていたからそんなことまで考えていなかったよ。
特許権の売り手は通常実施権の存在を秘匿してはいなかったはずですよ。もし通常実施権の存在を隠して特許権を譲渡したのなら民法上の担保責任が生じますが・・・。
そういえば、通常実施権者が存在しますとはっきり言われたし、構いませんって返事をした気がするよ。
まぁ、法律で決まっているのですから容認するしかありませんよ。
なんでこんな制度になっているんだろ。困っちゃうよ。
以前は通常実施権者は登録しなければ特許権を譲り受けた人に対し対抗することができなかったのです。
いえ、それだと通常実施権者は困ってしまいますよね。
そもそも通常実施権は専用実施権のような物権的な権利ではなく、特許権者に対して自己の実施行為を容認することを求める債権的な権利に過ぎません。
しかし、債権的な権利は契約当事者間にしか効力が及ばないため、通常実施権の契約後に特許権が第三者に譲渡された場合やその特許権について第三者に専用実施権が設定された場合、その第三者に通常実施権の効力が及ばなくなってしまいます。
この場合に特許発明の実施を続けたい通常実施権者の採りうる手段としては、従来は通常実施権について登録するという方法しかなかったのですが、通常実施権の登録にはお金もかかりますし、*特許権者が協力してくれないということもよくありました。
*昭和48年の最高裁判決になりますが、通常実施権は特許権者に対し実施を容認することを請求する債権的権利に過ぎず、登録による第三者効がなくてもその目的を達成することが可能であることから通常実施権者は当然には特許権者に対し登録手続きを請求することはできないとしました。
また、登録すると、実施契約の内容を競業他社に知られてしまうため、実施権の登録という制度はあまり使われてきませんでした。
そこで、平成23年改正において登録しなくても通常実施権に第三者効を認める当然対抗制度が導入されました。
通常実施権の対抗力
第九十九条 通常実施権は、その発生後にその特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権を取得した者に対しても、その効力を有する。
ありません。
ですから、特許権の譲受人・・・今回のチーたんの立場、は不測の不利益を避けるためにも、特許権を買う前に通常実施権の存在をしっかり確かめなくてはいけません。
特許権を買う立場から見てみたら当然対抗制度はちょっと困ってしまうけど、自分が通常実施権者だったときのことを考えたらありがたい制度だから良い制度だね。
ちなみに、通常実施権の実施許諾契約では、実施権の許諾のほかにも実施料の支払いの他、ノウハウの開示などが行われることがあります。
このような関係は特許権の譲渡後、どのように処理されるでしょうか。
特許権が移転するとそういった特許権者の義務も付随して移転する・・・のかな。
いや、そういった義務は特許権者の元に残るのかもしれない。
どちらの考え方も一理ありますね。
ちょっと考えてみましょう。
特許権を買い取った人にしてみれば、実施料の支払いが移転してくれるのはありがたいのですが、ノウハウの提供義務が移転されてしまい、自分がノウハウを教えないといけないことになると面倒なことになります。
したがって、特許権に付随する権利義務は当事者間の合意によって決めるのが一番でしょう。
ぼくが通常実施権者だったら実施料を支払う相手方は旧特許権者でも新しい特許権者でもどちらでも構わないけど、ノウハウを教えてもらうなら、役に立つノウハウを責任をもってしっかり教えてくれるほうにお願いしたいな。
そして、そんなノウハウを持っているのは特許発明をした旧特許権者だろうから、ノウハウの開示義務は旧特許権者の元に残ってほしいな。
契約自由の原則により、どんな契約でも自由に結ぶことができますので、お互いに納得のいくまで話し合って決めると良いでしょう。
うちは、うちの会社に不利益にならなければ何でもエエで!契約の相手方に不利益でもうちに痛みがなければどうでもエエわ
そういう強欲なことを言っていると、誰も契約を結ぼうとしなくなっちゃうからね!