膨大な数の条文がある著作権法。その中でも複雑な著作隣接権のうちの出版にかかわる権利が出版権です。
この出版権を学ぶには、まずは著作権法の基礎が頭に入っていないと本当に理解することは出来ません。ですから自信をもって著作権がわかる!と言えない人は、まずは最低限、著作権法の基礎著作隣接権を読んでからここに戻ってきてください。
足し算引き算を知らずに掛け算割り算をすることは出来ますが、遠回りになりますよね。
同じように著作権法の基礎を知らずにいきなり出版権について学んでも頭に入ってきません。

 

あいぴー
うちの本を出版していた出版社が倒産してもーたわ!
新作を出版してくれるところを見つけたんやけど、契約の段階で著作権の譲渡やら出版権やら言われて何がなんやらわからん!
ふっくん、教えてや!

ふっくん
一冊目を出版したときにも契約書にサインはしたでしょうに・・・。
まあ、あいぴーのことですからろくに契約書も読まずに契約してしまったのでしょうが

あいぴー
契約書何て無いで。「出版します」「頼むわ。印税払ってな」でおしまいや

ふっくん
何かトラブルでも起きたらどうするつもりだったんですか!
まあ、あいぴーの本なら売れないことが確実ですから問題にはなりませんが、作家なら出版に関する契約は知っておくべきですよ

あいぴー
うちはただの作家やない。美人社長兼作家や。

ふっくん
きちんと契約をしない出版社は利益を最大限まで追求することも出来ません。その出版社は、きっと他の作家さんともろくに契約をせず、テキトーに本を出版していただけなのでしょう。勿体ない。
きちんとした契約を結ぶことは出版社のためにもなるのに。

あいぴー
とにかく、はよ教えてや!

ふっくん
著作権者(この場合は小説を執筆したあいぴーのこと)が出版社(出版者)と契約を交わすときには様々な方法が考えられます。

たとえば、①あいぴーの持つ著作権すべてを出版社に譲渡(売る)したり、②あいぴーの持つ著作権のうち、複製権等必要な支分権だけを出版社に譲渡したり、③あいぴーが著作権を持ちつつ出版社に対して複製・頒布を許諾したり、さらに、④あいぴーと出版社との間で出版権を設定するという方法が考えられます。
通常①②の方法は採られないと思います。著作者としては愛着ある作品の著作権を他人に売ったりしたくないでしょうし、出版社としても買っても困るでしょうから。
さて、ここからが本題です。③のように出版の許諾契約をする場合と④のように出版権の設定をする場合では、権利義務の内容が大きく異なります。

③と④の違いは、③がたんなる出版契約なのに対し、④のように出版権を設定すると、出版社は、独占的に出版できる(著作者でも出版できなくなる)力を有することになります。また文化庁に登録した場合は第三者効(たとえば当該出版社が出版している本を無断で複製している人がいたら差止等できる)を有することになります。

あいぴー
じゃあ、出版契約を結んだだけなら他の出版社から同じ著作物について出版させることができるんやな?

ふっくん
そうなります。ただし、独占出版契約を結んでいた場合は他の出版社から出版させることはできないので気を付けてください。
利用許諾契約は、独占的か非独占的な契約かで分かれます。
独占的な契約を結べば、出版権設定契約と同じように、その著作物を出版社が独占的に使用できるようになります。ただし、登録した出版権(著作権と同じように出版権も文化庁に登録できます。非常に簡単です。)とは違い、第三者効はありません。ですから、他人が無断で出版をしていても、出版の差止等をすることは出来ません。

あいぴー
出版権は誰が設定できるん?著作者?

ふっくん
著作権は権利の束ということは以前にお話しましたよね?その権利のうち、複製権(著作権法21条)または公衆送信権(著作権法23条)を有する者が出版権を設定できます(著作権法79条1項)

あいぴー
何で「著作者」って言わないでそんな「複製権を有する者」なんて回りくどい言い方をするん?

ふっくん
著作権は財産権ですからその一部を譲渡することができるからですよ。
たとえ作者でも自分の著作権のうち複製権は売ってもいいと思う人もいるでしょう。

出版権の設定

第七十九条  第二十一条又は第二十三条第一項に規定する権利を有する者(以下この章において「複製権等保有者」という。)は、その著作物について、文書若しくは図画として出版すること(電子計算機を用いてその映像面に文書又は図画として表示されるようにする方式により記録媒体に記録し、当該記録媒体に記録された当該著作物の複製物により頒布することを含む。次条第二項及び第八十一条第一号において「出版行為」という。)又は当該方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。以下この章において同じ。)を行うこと(次条第二項及び第八十一条第二号において「公衆送信行為」という。)を引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。
2  複製権等保有者は、その複製権又は公衆送信権を目的とする質権が設定されているときは、当該質権を有する者の承諾を得た場合に限り、出版権を設定することができるものとする。

あいぴー
なるほどな。
出版権はいつ発生するん?

ふっくん
設定登録があったときからです(著作権法83条)。出版権が終了するのは最初の出版行為等があった日から3年経過した日です。ただし、期間は設定できますから3年に限る必要はありませんよ。

あいぴー
出版権を設定するときに最初にすべきことって何やの?

ふっくん
まずは通常の契約と同じように、出版権設定契約をする前に契約の対象物を特定します。どの作者のどの作品(書名が決まっていない場合は仮の書名で)かを特定します。
また、単行本についてだけなのか等細かい設定も可能です。

契約する相手にも気を付けてください。「複製権者」は出版権を設定することが出来るとされています。したがって、たとえ著作者でも複製権を他人を譲渡した場合は出版権を設定することはできませんし、赤の他人でも複製権者だと名乗って出版社をだます虞があります。
特に、作者が亡くなって著作権が相続した場合には十分にご注意ください。相続人がだますつもりはなくても勘違いして出版権を設定しようとするかもしれません。

また、二次利用も考えているのであれば、契約書にその旨の条項を盛り込んでおく必要があります。出版権は「原作をそのまま出版できる権利」ですので、たとえば小説の出版権を受けたのに勝手に漫画版の出版もしてはいけません。


あいぴー
出版権者はただ契約を結んだ人より権利が大きいと思うんやけど義務はないん?

ふっくん
出版権者の義務として、①原稿等を受け取ってから六か月以内に出版行為を行わなければならず、また継続して出版等しなければいけません(著作権法81条)。
他にも、重刷する場合には、その都度予め著作者のその旨を通知しなければいけません(著作権法82条)。
なお、その際に著作者は原稿等に修正や増減を加えることができます。

あいぴー
もしこの義務に違反したらどうなるん?

ふっくん
出版権者が原稿を受け取ってから6か月以内に出版しなかったり継続して出版しなかった場合は、複製権等保有者(著作者または著作者から複製権等を譲り受けた者等)は、出版権者に通知して、出版権を消滅させることが出来ます(著作権法84条1項)。
電子書籍の場合には、複製権等保有者が3月以上の期間を定めてその履行を催告したにもかかわらずその期間内に履行がされないときは同じように出版権を消滅させることができます(著作権法84条2項)。

あいぴー
後になって著作者であるうちが「昔の小説は下手だし内容もバカっぽいから出版したくない!」と考えた場合、出版をやめさせることはできるん?

ふっくん
通常生ずべき損害を予め賠償するなら出版権を消滅させることができます(著作権法84条3項)

あいぴー
お金払わなければならんの・・・。まあ、しゃあないわな。

八十四条  出版権者が第八十一条第一号(イに係る部分に限る。)又は第二号(イに係る部分に限る。)の義務に違反したときは、複製権等保有者は、出版権者に通知してそれぞれ第八十条第一項第一号又は第二号に掲げる権利に係る出版権を消滅させることができる。
2  出版権者が第八十一条第一号(ロに係る部分に限る。)又は第二号(ロに係る部分に限る。)の義務に違反した場合において、複製権等保有者が三月以上の期間を定めてその履行を催告したにもかかわらず、その期間内にその履行がされないときは、複製権等保有者は、出版権者に通知してそれぞれ第八十条第一項第一号又は第二号に掲げる権利に係る出版権を消滅させることができる。
3  複製権等保有者である著作者は、その著作物の内容が自己の確信に適合しなくなつたときは、その著作物の出版行為等を廃絶するために、出版権者に通知してその出版権を消滅させることができる。ただし、当該廃絶により出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償しない場合は、この限りでない。

あいぴー
最近は電子書籍だけを出版する会社もあると思うんやけど、伝統的な出版社とは違う人も出版権者(出版社になれるのは会社に限らない)になれるん?

ふっくん
出版社以外も出版権を有することができますよ。
電子書籍を出版するなら昔ながらの出版社である必要はありません。

あいぴー
出版権の設定を受けた出版社が、勝手に作品に手直しして出版するのは許されんの?

ふっくん
それは許されません。出版権は「原作のまま」出版や公衆送信することが許される権利ですから
(著作権法80条1項)

あいぴー
出版権者がサブライセンス(下請け)を他人に依頼すんのは?

ふっくん
下請けは原則禁止です。ただし、複製権者等が許諾すればこの禁止は解除されます(著作権法80条3項)

あいぴー
出版者は他の出版者にその権利を譲渡することは出来るん?

ふっくん
可能です。財産権ですからね。

あいぴー
それをやられたら著作者としては困る場合もあるよな?よくわからん他人に下請けを依頼されてしまうときと同じように。

ふっくん
「複製権等保有者の許諾を得た場合に限り」譲渡することが出来るとされているのでいつの間にか知らないうちに他人が出版しているという事態はおこりませんよ(著作権法87条)

出版権の譲渡等

第八十七条  出版権は、複製権等保有者の承諾を得た場合に限り、その全部又は一部を譲渡し、又は質権の目的とすることができる。

あいぴー
助かるわ。
美人社長兼作家の著作物の出版権はとんでもない価値があるから勝手に売られたら困るからな

ふっくん
はあ。

あいぴー
何テンション低くなってん!
次の質問いくで!
出版社がお金がなくて他人にお金を借りて出版したら、その資金を出した者が出版権者になるん?

ふっくん
まさか!出版権の設定を受けた者が他者に費用を出してもらってもその費用を出したものに出版権が移転するわけではありません。

あいぴー
出版権を設定した後に自分の原稿をスキャンして電子配信することは出来るん?出版権者の複製権侵害になるん?

ふっくん
それはありません。大丈夫ですよ。もちろん個別の契約で「著作者は電子書籍を出版してはならない」とすることは可能です。

あいぴー
じゃあ、自著の単行本をスキャンして電子書籍を出版するんは?

ふっくん
それは出版権者の複製権を侵害するのでダメです。

あいぴー
でも、原稿を紛失したときはどうすればいいん?

ふっくん
個別の契約に寄るでしょう。法律には規定されていません。これからガイドラインが創られるかもしれませんね。

あいぴー
他人が無断でうちの著作物を複製した場合、出版権者は複製権の侵害としてうちの代わりに訴訟を起こせるん?訴訟なんて大変やから代わりにやってくれるなら出版権者にやってほしいわ。

ふっくん
出版権者が有するのはあくまでも「著作隣接権」に過ぎません。
当該出版者の出版物を複製されたのなら複製権の侵害を主張できますが、そうでない場合に複製権の侵害を主張できるのは著作権者だけです。

なお、登録していなくても自己の出版物を複製する海賊版出版社に対しては出版権者は権利行使が可能です。

それから、紙の書籍の出版権だけ与えられている出版社は、電子書籍を違法に出版している人に対し権利行使することもできます。紙の出版許諾だけしかもらっていなくても、複製権・送信可能化権・譲渡権・貸与権を有するため、複製権と送信可能化権の侵害として権利行使できるからです。

ただし、当該出版社の出版物を元にした複製でない電子出版(たとえば独自にテキストを打ち込んだもの等)に対しては権利行使は難しいかもしれません。


あいぴー
ところで、うちの一作目の作品を出版していた出版社が倒産したんやけど、もし出版権を設定していたら、出版権はどうなるん?

ふっくん
出版権は財産権ですので、倒産時の法的処理の枠組に 応じて、管財人や債権者に よって処分されることになります。
あいぴー
そんなん困るわ!

ふっくん
処分に対して不服を申し立てることは出来ませんが、出版権を譲り受けた人に対し通知し、出版をさせないようにすることはできます。

あいぴー
単行本としていろんな雑誌に掲載した短編などを集めて短編集やアンソロジー集を出版したい場合、各雑誌の出版社に許諾を得ないといけないん?
ふっくん
法律ではその必要はありません。ただし業界の慣行がありますので注意してください。

あいぴー
他人がうちの本を出版したい場合、うちにお願いするだけでエエの?

ふっくん
第三者が出版をしたい場合には、著作権者と出版権者双方の許諾が必要です。

出版物の利用の中で、本権利の支分権として想定さ れる複製、送信可能化、譲渡、貸与に関するものであ れば両方の許諾が必要となります。逆にそれ以外の 利用(翻訳、翻案等)であれば、著作権者の許諾のみ必要となります。


あいぴー
じゃあ、外国の出版社がうちの本の外国語版を出版したいときは著作者であるうちとだけ話せばエエんやな

ふっくん
あいぴーの作品の場合、翻訳する価値が無いので心配無用です

あいぴー
うっさいわ!
商業出版じゃなくて、同人誌を自費出版する場合に出版権を設定することはできるん?

ふっくん
出来ますけど、面倒なだけなのでおすすめしません。

あいぴー
だいたい分かったで!ありがとな。
出版権を設定すると、設定期間内はたとえ著作者でも自分で出版することができなくなるという制限があるから注意しなくちゃあかんけど、義務を果たさない出版権者の権利は消滅させることができるし、一定の範囲では海賊本販売者に権利行使をしてもらうことが出来るから、信頼できる出版社になら出版権を設定しても大丈夫っつーこっちゃな

ふっくん
あいぴーにしては珍しく正しいことを言っていますね!
出版権を与えることで著作権者は出版権の設定期間内は自分で出版することができなくなるという制限があります。しかし、それ以外に関しては何の制限もありません。
出版権は著作隣接権に過ぎませんからね。
ですから、きちんと出版してもらえるのなら出版権を与えてしまってよいでしょう。
出版権者は単なる出版契約よりも権利が強くなりますが、その分義務も課されますからね。

あいぴー
他に知っておくべきことはあるんかな?

ふっくん
出版権の設定契約が終了した後は著作者は別の出版社から本を出版できますが、その際、表紙や挿絵を描いているイラストレーターさんの著作権には注意してください。

あいぴー
うちの場合は自分で描いているから大丈夫や!

ふっくん
やけに下手なイラストレーターにお願いしていると思ったらあいぴーの作品だったんですね!

あいぴー
今日のふっくんの発言はトゲだらけや!!

チーたん
違うよ。いつもふっくんはこんな感じだよ。
あいぴーがアホなことばかり言うから攻撃しているだけで

あいぴー
突然出てきて何言うとんねん!

チーたん
一応短答試験の範囲に含まれているから話を盗み聞きしていたの(笑)

ふっくん
チーたんは勉強熱心ですね!

あいぴー
何でチーたんばかり褒めるんヽ(`Д´)ノ

ふっくん
特許の話をしているときにあいぴーは私の説明を聞いたことがありますか?

あいぴー
・・・

チーたん
ふっくんは真面目に勉強している人には優しいんだよ(笑)

あいぴー
う、うちは法律を学ぶことよりも実生活に活かすことを重視しとんねん

ふっくん
だったらなおさら頑張って勉強してくださいよ
知的財産権の基礎が身についていないとこれからのグローバルな社会で取り残されてしまいますよ。美人社長さん!

あいぴー
ふっくんの言葉のトゲはワシの爪より鋭いわ( ノД`)

チーたん
わしじゃなくてフクロウだけどね(^^)

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