転職者が前の勤務先時代に入手した営業ノウハウや顧客情報を使って、現在の勤務先が顧客を増やせば、現在の勤務先は”不正の利益を得た”と言えます。
すると、前勤務先は、現在の勤務先に対して、不正行為の差止や損害賠償請求をすることができることになります。
また、転職者にも損害賠償請求や刑事罰の可能性があります!

チーたん
さっきニュースでやっていたんだけど、従業員が会社のデータを持ち出したために被害総額が1000億円だって!

あいぴー
最近そんなニュースよく聞くな

チーたん
従業員じゃなくて、元従業員、つまり、退職した人が元の会社のデータを持ち出したらどうなるのかな?

あいぴー
まさか、チーたん・・・
うちの会社のデータを持ち出して会社を辞めて他の会社に転職しようって魂胆じゃ・・・

チーたん
ぼくはそんなことしないよ!
会社の機密情報を従業員が勝手に持ち出すのは法律に引っかかるだろうけど、もうその会社の従業員じゃなくなった人が元いた会社の機密情報を勝手に持ち出すのはどうなんだろうと純粋に思っただけだよ

あいぴー
元従業員が退職する際に持ちだした営業秘密を使って新しい会社を設立したり、営業秘密を開示することを条件にライバル企業に高年俸で転職したりすることもあるって聞くで・・・。

チーたん
だからそんなことしないってば!

あいぴー
チーたんの場合は、うちの会社の技術開発の仕事もしとるし、極秘情報を扱う知財部とも兼業やから、転職先企業で力を発揮するということは、うちの会社の機密情報を漏らしてしまうことになるはずやで

ふっくん
法律的にそこら辺をご説明しましょうか。
先程チーたんとあいぴーが使った「機密情報」という言葉は、企業秘密の一種です。一般用語ですよね。そして、法律的に「営業秘密」に該当するものは、不正競争防止法で保護されます。
チーたんが転職先企業でこの営業秘密を開示した場合には不正競争防止法違反に該当するので、元いた会社、つまりあいぴーの会社から差止請求や損害賠償請求などをされる可能性があります。それから、刑罰の適用もありますよ。

不正競争防止法 定義

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
(略)
七 営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

あいぴー
営業秘密の持ち出しは犯罪や!刑事罰や!うちは許しても法律が許さんで!
チーたん
あいぴーのことは放っておいて・・・
えっと、営業秘密に該当するためには、
①秘密として管理されていること
②技術上又は営業上の有用な情報であること
③公然と知られていないこと
の要件を満たしていなければいけなかったね
ふっくん
そのとおりです。
①秘密として管理されていること
については、営業秘密であると客観的に認識できるような状態に置くことが必要とされます。たとえば、当該秘密へのアクセス権者が限定されていること、秘密であることの表示(「丸秘」等の押印や守秘義務契約等による守秘義務の設定等)、組織的管理(上位者の決裁等情報の取り扱いに関するシステムの存在)などが必要とされます。
②技術上又は営業上の有用な情報であることについては、生産・販売・研究開発等の事業活動に役立つ情報であることが必要です。なお、イケメンで知られる社長のシークレットブーツ情報などは、営業秘密とはみなされませんが、就業規則等で定められる守秘義務の対象にはなり得ます。また、社長個人のプライバシー侵害問題となる場合もあります。
あいぴー
社長の身長は165cmなんやけど、四捨五入して170cmと公言していて、普段近くにいる従業員にはバレルから就業規則で「社長の身長については話さないこと」と決めている場合もあるもんな
チーたん
ないから!というか、そんな規則を定められたら反対に話したくなっちゃうよ!

あいぴー
チーたんは口が軽いな・・・

チーたん
あいぴーに言われたくないよ!

ふっくん
③公然と知られていないことについては、少なくとも不特定多数の者に知られる状態になっていないことが必要です。
チーたん
逆に言うと、特定多数の者に知られる状態であってもいいんだよね
ふっくん
そのとおりです。
ところで、入社した時、チーたんは秘密保持契約書にサインをしませんでしたか?
チーたん
一応、Non-Disclosure Agreement(NDA)らしきものにサインはしたよ
ふっくん
その秘密保持契約書に書かれていることは、雇い主であるあいぴーと従業員であるチーたんの間でのみ有効な契約となります。
一方、就業規則というものは、全ての従業員との間における契約を規律しているものです。
従業員・元従業員が、守秘(秘密保持)義務に違反した場合、差止請求と(債務不履行や不法行為に基づく)損害賠償請求が可能であるほか、就業規則の定めに基づき、懲戒処分、解雇処分、退職金の不支給(返還請求)といった処分が可能となります。
営業秘密を守りたい場合は、この就業規則をしっかりと規定しておく必要があります。
あいぴー
・・・うちの会社の就業規則はしっかりしとらんから、ふっくん後でチェックしといてーな
ふっくん
了解しました。
あ、そうそう、当たり前ですが、従業員が職務の中で一般的に知ることができて習得した知識、技術、ノウハウ等は営業秘密には当たりませんよ。会社側は過度に「営業秘密だ!ノウハウの漏洩だ!」と主張しすぎるのですが、働いている以上、ある程度の技術やノウハウが従業員個人に蓄積されるのは当然ですからね。
チーたん
退職後は競業に転職してはいけないという競業避止義務を課している会社も多そうだな
ふっくん
多くの場合にはそのような競業避止義務は労働者の職業選択の自由を制限するので憲法違反になる可能性が高いでしょう。
とはいっても、従業員は必ずしも安心していられません。チーたんのように研究開発部や知財部に所属していたり、顧客リストを開示される立場にいる営業部の従業員などは、「前使用者の正当な秘密の保護を目的とするなど、競業規制の必要性がある」可能性が高いでしょう。
かかる場合は、前の会社、ここではあいぴーの会社がたとえば1年の間同業他社に転職しないと約束させ、その分の補償金のようなものを支払えば、チーたんがライバル社に転職することを期間限定で防ぐことができます。

なお、従業員が転職後に会社の営業秘密を使うのではないかと心配な場合は、あらかじめ退職後の守秘義務を規定しておくことも可能です。ただし、労働者には職業選択の自由(憲法22条1項)がありますので、退職後の守秘義務設定が無制限に認められるわけではありません。裁判例では、秘密やノウハウの重要性・価値、在職中の地位等によって守秘義務設定が認められるかどうかを判断しています。

あいぴー
チーたんは研究開発部と知財部を兼業しとるから発明データなんかを持ち出されんか心配やねん

チーたん
裁判例によると、元従業員の在職中の地位も守秘義務設定が認められるかどうかの判断になるみたいだね。ぼくみたいな平は関係なさそう(笑)

あいぴー
本日づけでチーたんを知財部長に任命したる

チーたん
やったー(笑)

ふっくん
昇格おめでとうございます(笑)
チーたんの交渉力はすごいですね!法務部でライセンスをやらせても活躍しそうですね

あいぴー
・・・肩書は変わっても、給料はアップせぇへんで

チーたん
え(^ー^;

ふっくん
まあ、薄給で頑張るチーたんも偉いですが、転職する気を起こさせない経営をしているあいぴーもすごいですよね

あいぴー
ふっくん、今日は奮発してディナーを奢ったる

チーたん
そういうふっくんが一番すごいよ(笑)